道元禅師語録  序章



序章 ( 鏡島元隆和訳 )

 《 あらゆる既成の枠組みを超え、勇猛果敢であり、人情俗情を超えた 家風峻厳な宗師家でなければ、どうして修行僧の癒すことのできない 病弊をなおし、枝づるの根のようにはびこった誤った知見の根を断ち 切ることができようか。



 昔はそのような宗師家が少なくなかったが、今日においては誰が あろうか。このような澆季の世にあって、太白山如浄禅師は憤然として 一たび出でて、独り宗風を振るったのである。



 諸方の宗師家はみなこれを忌み遠ざけ、修行僧はこれを畏れ避けて、 近づくものがなかった。しかるに日本の道元禅師は、遠く海を渡って この国に来たり、ただちに如浄禅師の室に投じ、心の塵である煩悩を 除き去って一生参学の大事を了えられた。



 その後、故国へ帰って、思慮を傾け尽くして仏法の精髄をあらわし 示された。いま、禅師の弟子の義尹禅人が、禅師が説かれたその言葉 を拾い集めて、自分のもとに来て、序文を作るように求めるのである。



 そこで、自分はこのもののために言おう、「君の師は縦横無尽に 説法されたが、その説法は一言も舌の先を動かして生まれたもので はない。だからして、驢馬の鞍をみて、これをおやじの下あごと 見るのが誤りであるように、 残された言葉の上に君の師の仏法があると思ってはならぬぞ」 》



ページ先頭へ

 

道元禅師語録  二



上堂。

山僧叢林を歴ること多からず、只是等閑に天童先師に見えて、 当下に眼横鼻直なることを認得して、人に瞞かれず、 便乃ち空手にして郷に還る。



所以に一豪も仏法なし。 任運に且く時を延ぶるのみなり。朝朝日は東より出て、 夜夜月は西に沈む。雲収って山骨露われ、雨過ぎて四山低し。 畢竟如何。
後略・・・



ページ先頭へ

 

道元禅師語録  三



三 ( 鏡島元隆和訳 )

上堂し、公案を提起して言われた。

師の南泉が弟子の黄檗に問うていうには、「 どこへ行くんだ 」
黄檗が答えていうには、「 野菜をとりに行くんです 」
南泉がいうには、「 何でとるのかね 」
そこで、黄檗は小刀を立てて示した。



南泉がいうには、 「 君は、ものに使われることはできるが、ものの主人となることはできないな 」と。
これについて、師が言われるには、南泉と黄檗とは、もともと宗師家どうしの出会いである。
興聖ならば、別に工夫がある。黄檗が小刀を立てるときに当たって、 南泉に代わって黄檗に言おう、わたしの庫の中にはそのような刀はないと。
よく参究するがよい。



ページ先頭へ

 

道元禅師語録  四



四 ( 鏡島元隆和訳 )

上堂して、衆に示して云われた。

謹んで大衆諸兄に申し上げる。もし、堂内であれ、廊下であれ、谷川の畔であれ、樹の下であれ、 顔を合わせたところでは、互いに合掌し、低頭して、作法どおりの門訊挨拶するがよい。



長く我が門下の守るべき規則としよう。佛祖にお目にかかるとき、どうして礼儀がなくてよかろう。
仏の在世時代には、あるいは香をたき香を撒き、あるいは花を降らし宝を献げて、 仏のお体の工合いをお尋ねし、教化のご様子をお聞きしたのである。



かの永嘉玄覚が曹谿六祖大師のもとに到ったとき、錫杖を振って立った振舞は、 一見、乱暴な振舞に見えるが、みな佛祖にお目にかかるときの儀式である。



それゆえに、くれぐれもこの規則を守って、ぜひとも佛祖の宗旨をくらまさないようにしてもらいたい。



覚えていることだが、ある僧が睦州に尋ねた。「 ひとことで佛法を言い尽くせばどういうことでしょう 」。
睦州が言うには、「 老僧はお前さんの応量器の袋の中におる 」。
また、この僧が雲門に尋ねた。「 ひとことで佛法を言い尽くせばどういうことでしょう 」。
雲門が言うには、「 古も今もつん裂き破ってしまうことだ 」と。



今諸君の中で山僧に、ひとことで佛法を言い尽くせばどういうことでしょう、と問うものがあれば、 と言うや、師は払子をほうり投げた。衆がみんな頭を挙げると、師は言った、惜しいことだ。 一本の払子が佛法を言い尽くしているのに気がつかないとは。

ページ先頭へ

 

道元禅師語録  五



五 ( 鏡島元隆和訳 )

上堂して云う。



身心脱落、声色倶に非なり、箇中に悟りなし、 何れのところにか迷いを著けん。



座中誰かこれ江南の客、鷓こ声外の詞を聴取せよ。

ページ先頭へ