修証義を味わう・連載

キャンプの行き先

◎ 修証義を味わう 8
2017.10.23
◎ 修証義を味わう 7
2017.10.13
◎ 修証義を味わう 6
2017.10.1
◎ 修証義を味わう 5
2017.9.22
◎ 修証義を味わう 4
2017.9.10
◎ 修証義を味わう 3
2017.9.1
◎ 修証義を味わう 2
2017.8.24
◎ 修証義を味わう 1
2017.8.15

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修証義を味わう・Facebook 連載

◎ 修証義を味わう 8

   《 無常憑(たの)み難し、知らず露命(ろめい)いかなる道の草にか落ちん、身已(すで)に私(わたくし)に非ず、 命は光陰に移されて暫くも停(とど)め難し、紅顔いづくへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡(しょうせき)なし。 》

 懇々と説いています。私たちは、常に明日があると思ってしまっていて、あるいは、半年後、一年後までの予定を立てたりしてます。それは、まるで自分で命の保証をしてしまっているような感じですが、そのようなことはないぞ、と警鐘を鳴らしています。

 昔のお墓には、五輪の塔がありますが、こちらは、下から地水火風空という宇宙の五元素を指していて、ご供養の後お墓に立てるお塔婆もこの形になっています。また、五重の塔は、ここから来ているとも言われます。

 これは、私たちの身もこの五元素がたまたま縁に依って集合してできているとされていますので、この縁が崩れることは、いつでもあることなのです。そして、いつでも元の宇宙の五元素に戻って行きます。

 先ずは、自分がどのようにできているのかを知ることにあります。

◎ 修証義を味わう 7

   《 生死の中の善生(ぜんしょう)、最勝(さいしょう)の生なるべし 最勝の善身を徒(いたづら)にして露命(ろめい)を無常(むじょう)の風に 任(まか)すること勿(なか)れ。 》

 もっと具体的に説明して来ますね。生き物の中で最高の生命を得て、最高の生涯を送れる命を頂いても、その恩を感じることなく、感謝をしないでこの露のような命をいつどうなるのかわからない人生を無駄に捨て去るようなことをしてはならない。

 それではどうすれば良いのか、まずは自分のことを考え、恩や感謝を感じないのは、なぜかを考えてみる。恩や感謝を感じられれば、自分もしくは、同類に施し、そして最終的には、恩や感謝や施しを誰にでも捧げられるようになれるだろう。

◎ 修証義を味わう 6

   《 今 我等 宿善(しゅくぜん)の助くるに依りて、已(すで)に受け難き人身を受けたるのみに非(あら)ず、遭い難き仏法に値(あ)い奉れり 》

 先回の言い回しになります。重要なことは繰り返すということですね。宿善と来ました。前世からの善行を繰り返されたので、その助けによって人に生まれています。善行の大切さを強調しています。

 その上に、なかなか会えない仏法にも会えている有り難さを感じています。これだけで、奇跡の連続ですね。人は、既に頂いたモノへの感謝は、忘れてしまうためなかなかできません。時々思い出してしみじみ感じてみると、心が満たされますね。

 心が満たされないと何が起こるのか・・・その反対の感情が起こります。不満、悲しみ、貪り、愚痴、怒り、不安などですね。これらは、幸せの要素ではありません。排除しなくてはなりませんが、さて、どうすれば可能なのか、その方法が、仏法になります。

 これから、紐解いて行けそうですね。

◎ 修証義を味わう 5

   《 人身(にんしん)得(う)ること難(かた)し 仏法値(お)うこと希なり 》

 さていよいよ、具体的な例を挙げて説明が始まりましたね。本論は、既に終わっています。(笑)

 これねー、なかなか実感として感じている方が少ないんですね。これ説明するのに1時間かかる程ネタありますが、(笑)も〜人として生まれてしまっていると、改めて感じようとしても難しいんですが、これはとても重要な要素です。

 明石家さんまさんの座右の銘「人生、生きてるだけで丸儲け!」もこれに通じていると思いますが、もっと掘り下げて考えます。そもそも、この太陽系、あまりにも奇跡的に存在しています。便宜上、それ以外の太陽系は考えないことにしても、太陽という存在、ちょうどいい距離の地球(距離が離れていると寒くなり、近すぎると暑くて住めない)に引力が存在し水と空気が地表に引き付けられていた。

 そこから、生命の誕生が始まります。地球の誕生が、約46億年前、最初の生命は約 38億年前だったようです。生命の遍歴も省略して、海から、陸に上がり、 生植物は約5億年前に出現しています。恐竜が約2億3000万年前で、人類の先祖の霊長類が出現し たのは,約6500万年前と、人類出現までが、まー長いですね。

 歴史を学ぶ訳じゃないのに、なぜこれを話さなきゃならないかといえば、どれだけの奇跡をくぐり抜けて、人類の出現を得ているかを時系列で考えていただきたい訳です。今日はそれだけですね。(笑) そして、ましてや、ここで仏法に会っていることなんて、稀の稀 !!

◎ 修証義を味わう 4

   《 是(この)時初めて生死を離るる分(ぶん)あり。唯一大事因縁と究尽(ぐうじん)すべし。 》

 答えがわかって、それを覚悟しなさいと、念を押されましたね。「生死を離るる」は、生死は、迷いなので、これで迷いから離れられて悟りとなる。私たちにとって一大事のことなんですね。これで自分たちの因縁がわかったので、究尽してみなさい、と。

 それは分かったけれど、究尽なんて・・・程遠いですよね。私たちは、生き物ですから、DNA に生き延びるように設定されています。それに逆らって正反対の死を受け入れるなんて、設定違反ですよね。(笑)

 ところが、生きるということは、残念ながら死なないと生きれない。えっ、どういうことか、私たちの細胞が毎日行なっていること。1日の間に、体は新陳代謝で1兆個もの細胞を入れ替ると言われています。

 私たち1人が1細胞だとすると、1兆人が亡くなることで、何を生かしているのでしょうか ? 何れにしても、大きなものの命を支えていることには変わりないでしょうね。生きることは、死ぬことだったんですね。(訳が分からない)あるいは、死ぬことは生きること、の方が分かりやすいかな。(ますます分からない ?)

◎ 修証義を味わう 3

   《 生死(しょうじ)の中に仏あれば生死なし、但(ただ)生死すなわち涅槃と心得て、生死として厭(いと)うべきもなく、涅槃として欣(ねご)うべきもなし 》

 あれっ、これ答えですよ。もー出していいんですか ? そーなんです、禅の特徴で答えはすぐに出してしまいます。ただ、普通は、理解できないので、この後にも続きがあります。

 これでわかれば、後は付録になります。さてどういうことなのでしょう。仏法では「生死」を迷いと言っています。なぜか・・・これが分かると一気に涅槃(悟り)となります。そうすると、嫌だなーとか、涅槃を願うとか、そうゆうことがなくなりますね。

 ここで誤解のないように話を分けておきますが、私たちは、動物であり、その中の人類に属しています。動物や植物は、できるだけ生き延びて自らの種族を繁栄に導くようDNAに設定されています。

 そこで、生にこだわり、死を遠ざけるのは仕方がないと言わざるを得ません。ところが脳を発達させて生き延びこの地球を征服した人類は、これから来る悲劇に対して制御する方法、いゃ超越を得ました。それがお悟りでした。

◎ 修証義を味わう 2

 《生を明らめ死を明きらむるは仏家一大事の因縁なり》

 最初に、ドカーンと命題を出してきました。仏法を学ぶのに外せられない指標をいきなり提示して関心を集めています。生きると言うことは何か、死ぬと言うことは何か。これが分かれば、仏法を得たことになると言わんばかりです。

 私たちは、もーそんなことを言われなくても考えていますね。ところが、なかなか答えは出てないままだと思います。もー気が付いた時には、生きていましたし、年を追うごとに死が迫ってきます。

 この生きていると言うことは何か、そして死ぬと言うことは何かを本当に理解できれば、仏法は卒業です。はゃーぃ、とツッコミですよね。でもそーなんです。たったこれだけです。それで、一番最初に持ってきたんでしょうね。

◎ 修証義を味わう 1

 禅語を味わうは、一旦終了となります。もう始めてから一年以上になっていました。早いものですね、私は半年くらいの感覚でいました。「不立文字」というように、言葉に本意がある訳ではありません。ただ、話のネタ、つまり方向性を示しています。道しるべですね。道しるべを見ただけで、そこへ行った訳ではありませんね。

 修証義(しゅしょうぎ) は、曹洞宗のお経です。開祖・道元禅師が表した『正法眼蔵』からわかりやすい表現の言葉で要点を綴っています。それで、『正法眼蔵』にも少し触れることができます。

 先ずは、題名から、修は、ご存知修行と考えてみます。証はお悟りだとしますと、修と証は、同時だという捉え方でいいでしょうか。修行した後でお悟りを開くのではないということを表しているのでしょうね。その理由は、既に、禅語を味わうでも出てきたように、「私たちは、既に悟りに居る」ということでした。