無門関 第二二 迦葉刹竿

第二二 迦葉刹竿

迦葉尊者は、お釈迦様の法を継いだ二代目の方です。阿難尊者は、その法を継いだ三代目の方です。
迦葉尊者が、その阿難尊者に、悟りの機が熟したのを見て、質問をした。『世尊(お釈迦様)は、金襴の袈裟の他に、何を伝えたのか?』直ぐに迦葉尊者は、叫んだ。『阿難!』
阿難尊者は、『ハイ』と応えた。迦葉尊者は、『門前の刹竿を倒してこい』と。

これが、今日のお話です。ストーリになっていますから、書く事に困らないのでいいのですが、複雑にならないよう、注意したいですね。

ここに出てくるのですね、金襴の袈裟(きんらんのけさ)。
もちろん、当時では、金の刺繍は、なかったと思われますが、金の価値は、あったのでしょう。それで、佛法の事を金襴の袈裟と表現したと思われます。佛法の他に何を伝えたか、と言われ、考えていたのでしょうか。それで、迦葉尊者は、『阿難!』と呼んだのでしょう。まだ気がつかないので、『刹竿を倒してこい』と言われた。刹竿とは、説法を掲示するための支柱のようなものらしい。

刹竿にも意味があるとすれば、阿難が考えていた妄想を倒してこいと言っているようにも響きますね。さて、そうなれば、何が言いたいのか、自ずと分かってきますが、そこを確かめたいと、最後の一手まで来ます。それを引っ提げて、師匠の門を叩くのです。そしてついに、阿難は、三代目となられました。

話が複雑にならないように気を付けていたら、もう終わってしまいましたから、別の話でここの真意に迫って見ようと思います。

インドから中国に仏法を伝えた達磨大師は、
梁の武帝が『私は、たくさん寺を造ったり、写経したり、僧を出家させた。どんな功徳があるか?』と聞かれて、『無功徳』と言ったのは、有名な話ですね。しかし、当時の王様に向かって、『功徳はありません』と言うのは、命懸けでしょうね。

道元禅師は、中国から帰って来られて、『空手にして郷に帰る。一毫も佛法なし』と言われた。この話は、今日の話に近いところがありそうですね?

金襴の袈裟の他に何かが有りそうなんだけど、結局、何もなかった。道元禅師さんは、金襴の袈裟さえ無いと言っている。こう言ってくれるから、間違いが無いと確信できますね。これを、なんたらかんたらと言ったら、突然に怪しくなって来るから気を付けましょう、と言うのが、今日のお話でした。

それでも、余ってしまいましたので、私事になりますが、あれから、二週間経っても胸が痛かったので、CTを撮ってもらいに病院に出かけました。ヒビが入ってますねと言われるのは、覚悟してましたら、先生は、撮ったCT画像を見ながら、『何もないですね』と言われた。私は、『それでも、痛いですけれどね』と言ったら、『ひと月位かかる人も居る様ですよ』と言われた。今日の話に似てる。(笑)

私の好物でお見舞いを頂いた檀家さんが居ました。有難うございます。恥ずかしいけれど、書いてみるものですね。棚からぼた餅?