無門関 第二八 久響竜潭

今日のストーリーは、長いのでちょっと複雑になりそうです。先ずは、題名に出ている竜潭和尚の所へやってきた徳山和尚のお話です。

竜潭和尚の所へ行く前の有名な話がありますので、それを先に紹介します。

徳山は、金剛経の大家で、意気揚々と竜潭和尚の所へ行く前に茶屋にさしかかった。そこで、お腹がすいてたので点心を買うことにした。

その店のお婆さんが悟りの目を備えていたようだ。徳山を見るなり質問した。

「その荷車に積まれているのは何ですか」徳山は、「金剛経の注釈本です」お婆さんは、さらに質問をした。「金剛経の中に、過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得とありますが、今、餅を食べたいといったのは、どの心が言ったのでしょうか?」

いゃ、これは、この婆さん、凄い、金剛経の大家の徳山は、ぐうの音も出なかった。そこで、徳山は、尋ねた。「この近くに禅の師匠は居られますか」と。そして、婆さんに教えられたのが、題名の竜潭和尚という事です。

徳山は、竜潭和尚からご指導を受けていたが、夜が更けてきたので控え室に行って眠るようにと指示された。真っ暗なので、竜潭和尚は、徳山に蝋燭を出して上げた。それを徳山が受け取ろうとした時に、竜潭和尚がその火を吹き消した、という有名なお話です。真っ暗になったその瞬間に、徳山和尚は、忽然として大悟した。

翌日、竜潭和尚から褒められた徳山和尚は、持って来た金剛経の注釈本を全部燃やしてしまった。それまで、大切にしていたものを、もう要らないと捨ててしまった。

さて、今日は、話が込み入っているようだけれど、茶屋の婆さんの話も竜潭和尚の話も共通しているといえる。この話から、ピンと来た人は、お悟りの目を備えているかもしれませんよ。(笑)

今日の例え話を色々と探してみたが、とんと思いつかない。それよりも、連日報道されている女子高生の凶悪事件。「人の体を解体してみたかった」が気になって思考が働かない。愛情が不足して育つとこの様な子供が育つ恐れがあることは、統計的に推測されつつあるようだが、その先の決め手がまだ分からない。母親が亡くなり、父親が再婚では、心を通わせるところが身近にない。事件は、自分の悩みの最大の具現化かもしれない。親身になって心の悩みを聞いてくれる人がこの世に一人居れば、その人は、救われると言われる。仏法は、人の悩みを解決するのに最高の処方箋だけれど、難しすぎるのが難点。蝋燭の炎が消えて何が感じられたのか?徳山の悩みは見事解決した。