無門関 第三十一 趙州勘婆

こちらも有名なお話です。五台山と呼ばれる文殊菩薩の霊場へ行く途中に茶屋がありそこのお婆さんが、少々悟りの目を持っていたから、文殊様に参拝する僧に道を聞かれると、いつも『幕直去』と言われ、真っ直ぐ行きなさいと教えていた。ところが、意地悪な婆さんなのか、その後、『お人好しなお坊さんだこと、そのまま行きなさる』と言って、からかっていたらしい。自分で言っておきながら、その通りすると、ケチを付ける。全く困った婆さんだ。

この僧は、趙州和尚の門下だったらしく趙州和尚に質問をしたらしい。そこで趙州和尚自ら婆さんを訪ねてみることになった。訪ねてみて同じように五台山へ行く道を訪ねたら、婆さんは、いつもと同じように答えた。趙州和尚は、『婆さんの腹の底まで見てきたぞ』と皆に言った。さて、和尚は、婆さんをどのように勘破したのだろう、と言うのも公案になっているようだ。

さて、何に例えたら分かりやすいか、ここで考えてもう三時間が経ちました。今日は、頭が回らないので、駐車場に置いてある車止めを、一つ作って来ました。それでも思い当たらない、困ったな・・・
仕方なく、次の例え話しで行こうと思います。最近、凶悪な事件、残忍な事件が多いような気がします。この原因をずっと考えてました。ようやく、私なりの納得を特定してみました。一つは、愛情不足で育った家庭環境、もう一つは、遺伝的な要因としてみました。

私達は、人間である前に動物ですよね。愛情豊かな人に育てられると、ようやく人に生まれ変わっていきます。もしそこで愛情が薄かったり、愛情が足らないのに、暴力ばかりになってしまった場合、虐待になってしまうでしょう。この場合、人になるための条件が不足していると思われます。もしその状態を動物に近いとしたなら、人としてのバランスを崩していると考えます。つまり、私達は、動物の本能と愛情豊かな人としての素養を兼ね備えてこそ、人間たらしめているのではないでしょうか。どちらが欠けても、問題になります。動物の本能が足らないと、スポーツ、車の運転、労働作業、結婚、子育てなど困ることが出てくるかもしれません。

さて、茶屋の婆さんの最初の言葉、『真っ直ぐ行きなさい』を素直な感覚と捉えて見ると、人として必要な感覚に思えます。また、『お人好しなお坊さんだこと』と意地悪を言っていると捉えると、動物的とも言える。婆さん、ちゃんと、両方言って、バランスを整えてきた。どちらかに偏っては不味い事を示した。かなり無理やりの感じでまとめました。笑