無門関 第三十四 智不是道

第三十四 智不是道

南泉普願禅師は、言った。『心は是れ佛にあらず。智は是れ道にあらず。』と。
今日は、これだけです。簡単でいいのですが、解説をいっぱい書かなくてはならない。例え話を多く入れることにしましょう。

さっそくですが、『絵に描いた餅』は、ご存知ですね。絵に描いてある餅は、食べられない。→ 役に立たない。

仏教や悟りについて解説しても、これと一緒で説明を理解しても役に立たないと言う事になります。その事を、『心は是れ佛にあらず。智は是れ道にあらず。』と言った訳ですね。心は、佛だ。智は、道だ。と言っても間違いではありませんが、『絵に描いた餅』になる可能性が大ですね。そこで、わざわざ、否定的に表現をしたんでしょう。

固定概念を打ち破る効果を狙っていますね。

思い込みを白紙にすると新しい世界が創造できる訳ですね。『幸せな人生』と言っても個人で観念の差が出たりして一定しないですね。それはそれでいいのですが、ここでは、観念ではなく真実の世界に迫ることを目指してます。観念ではない世界=真実の世界と言っても良いかもしれません。それでどうなるのかというと、本来の自分と出会えて、諸行無常、諸法無我を悟ることができます。そうするとどうなるのかといえば、悩みが少なくなり、とても生きやすくなります。

これを私は、『こころ豊かな人生』としました。例え、モノがなくても心は、豊かでありたいと願う気持ちですね。昭和の時代ですね。今に比べてモノがないのは、当たり前でしたので、何も気にせずに、それなりに楽しく過ごしていたと思います。もちろん、あの頃は、これから良くなる高揚感がありました。

でも、これからは、停滞か下降を意識しての毎日は、ある意味辛いところがあるでしょうね。だからこそ、これからは、余計に、心豊かな生活が求められていくでしょうね。これから、本格的に、仏法や禅が役に立つ時代になるかと思っています。
私達は、心が描くものに支配されてしまいます。これからの時代は、何を描こうとするのか分かりませんが、絵にかいた餅にならないよう気を付けたいという指針を示してくれました。

無門和尚は、『天晴れて日頭出で、雨下って地上湿う』と詠っています。人の心が介入できない天地の営みを読み上げているのでしょう。所詮私たち人類でさえ、天地の一部なのです。同じ存在になる訳です。間違っても、人類が天地をコントロールしている事なんて有り得ないですね。地震や津波には十分注意しましょう。天地を恐れないと飲まれます。