無門関 第四十 趯倒浄瓶

第四十 趯倒浄瓶 ( てきとうじんびん )

為山和尚は、百丈禅師の下で修行してた。百丈禅師は、もう何回も出てきていますね。ここで、禅師は、為山和尚と、その時の首座に問題を出します。首座とは、修行者の第一座と言われる地位になります。為山和尚は、この時典座という役職にありました。そしてこの問答に勝ったなら、この寺を出て修行道場を開きお寺を構えることができるという特典付きです。

修行者が何名居たのか分かりませんが、かなりのイベントになりますから、全員が集中して、見守っていますね。そこへ、禅師が、問題を出します。二人の前に浄瓶を置いて『この浄瓶を浄瓶と言わないで何という』と尋ねました。浄瓶とは、手を洗うのに使う水を入れておく瓶です。

それで浄となっています。先ずは、首座が答えます。「浄瓶は、やはり浄瓶でしょう。まさか浄瓶を下駄という訳にはいきませんから」と。動かない心今流で言えば、ブレナイですかね。次に禅師は、為山和尚に振った。すると、和尚は何も言わず、浄瓶を蹴っ飛ばして出て行ってしまった。

さて、何を意味しているのだろう。「こんな問題にお付き合いしている暇はない」辺りでしょうか?

それよりも禅師はどんな振る舞いをしたのでしょう。
百丈禅師は、ニコニコしながら、
「首座和尚は、典座(為山)和尚に負けたわい」と仰られ、修行道場を開かせることになった。
最初は、まったく修行者が集まらなかったが、最終的には、千五百人を超えたと言われています。

無門関を著した無門和尚は、百丈禅師のワナに引っかかって為山和尚は典座より重い責任を負うこととなった。と難癖を付けたような言い方をしているが、衆生を救うという菩提心を讃えている。ただ、浄瓶を蹴っ飛ばすなんて、もっと他に打つ手はなかったのかとも言ってそうな感じはありそうですね。(笑)これぞ八方睨みになりますか。

為山和尚は、お堂も建てず、ただ一人坐禅をしていた。それが八年ほども続いたがその後から広まった。なるほど、為山和尚でも八年かかったか。達磨さんの面壁九年と同じだ。入れ物より中身が大事だ。うちも塀や寺標が新しくなったが、それに伴う内容がないと、綺麗になっただけで終わる。こりゃ心得なければ、為山和尚に申し訳ない。

中身となると、これが難しい。しかし、心は自然と器に似て備わると言われる。だいぶ色はさめて来ましたが、立派な塀を見て、見た人の心が潤えば、その積み重ねで心豊かな人生がおくれると確信しています。本堂の屋根、塀、寺標の他に人の心へ影響を与えられるモノとはいったい何でしょうか。