無門関 第三十六 路逢達道

第三十六 路逢達道

五祖の法演禅師が言われた。「路で逹道の人に出逢ったら、どうしたらよいのか」黙っていては勿体無い。そこで、どうしたらよいのか、と言うのが今日の問題になります。

達道とは、字の如く道に達している人、大悟徹底している方ですね。道の先生に何か尋ねないなんて勿体無いと言う事でしょう。ただ、何を聞いたらよいか分からない、どう尋ねてよいか見当がつかない。そこで、法演禅師が迫って来た訳です。「早く言え」

さて皆さん、なんって尋ねますか?人それぞれに質問が違うでしょうから、正解はありませんよ。でも、道逹にしてみれば、質問で分かってしまう。だから気を付けなくてはならない。それで余計に尋ねづらくなる。そして黙ってしまう。
そこで模範的な質問を今までの中から考えてみましょう。「佛とは何でしょう」
「悟りとは何か」「佛性とは何でしょうか」

これらは、ちょっと仰々しいですね。
「豊かな心とは」
「幸せとは、何」
こちらの方が一般的ですね。

先日、ある檀家さんが、私と境内で出会い挨拶の後、「お賽銭忘れたけれど、お位牌様をお参りしてきます」と。私は、直ぐに「そうしようとする心が大切ですね」と。直ぐにポスターを指差して「ここに書いてある『心豊かな人生』なんて難しいね」と。「いやいや」と。その後何も付け加えなかったが、その心掛けがある事が心を豊かにするのでしょう。

「幸せとはどんな状況でしょうか?」 先ずは、自分が幸せになる事が必要ですね。次は、人を幸せにする事が大切です。そうすると、皆が幸せになる。興宗禅師は次の様に言っています。「他の人の幸せを願う気持ちを幸せと言う」これはかなりハイレベルですが、最終的な目標となるでしょう。

諺に「人をそしるは鴨の味」というのがあります。鴨は美味ですから止めたくてもやまらない。しかし、これは、心豊かにするには大敵。自分が幸せになるにも障害となります。そうか、それでなれなかったのか、と気付けば、今日の問題は、半分クリアですね。もう半分は、人の幸せを願わなくてはなりません。これがなかなかできないので、難しいということになります。

さて、問題に戻って人と話す時には、どうしたらよいかということでした。実は無心で話せば良いだけなんです。何も企むことなく気遣うこともなく、相手と一つになることです。

相手と一つになったら自分だけが幸せだけでなく相手も幸せにしなければならんでくる訳です。自然発生的にそうなってくるんです。本当に自分が幸せならそうなります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>