無門関 第四十二 女子出定

第四十二 女子出定

文殊菩薩がお釈迦様に佛座の近い処で女子が坐禅三昧に入ってます。どうしてなんですかと尋ねたら、お釈迦様は、自分で本人に聞きなさいと。

そこで、文殊菩薩は、坐禅三昧になっている女子を出定(三昧から呼び戻す)するため女人の周りを三回巡り指を一下した。女人は、三昧から出て来なかった。

すると、お釈迦様は、罔明(もうみょう)菩薩に頼んでみると、女人の前で指を一下(指を鳴らす)すると、女人が禅定から出てきた。

今日は、とても話が長いですね。結局、位が上の文殊菩薩が下の罔明菩薩に負けたという事になりそうです。さて、本当にそうなんでしょうか? (笑)

ここで、定とは、何でしょう。無を指しているとします。定から出る事は、その反対の有になりますね。この世の中の状態をあえて区別してみると、この無と有に分かれます。この様に分けて考えること自体、既に有の世界に入ってしまいますが、この事にポイントを置いてこの話を考えてみて下さい。色々と考えられて面白いですね。例えば、この女人は、本来入る事の出来ない佛座の部屋へなぜ入れたのか。とか、菩薩の中で一番の文殊菩薩が、後輩である罔明菩薩になぜ負けたのか。とか、お釈迦様は、どんな役目をしているのか。

さて、これらを答えたら、この話は卒業です。この無門関も四十八話で終わりになります。あと少し、頑張ります。

話に戻ると、文殊菩薩は、どうして負けたのかと考えてみると、この話がさらに面白くなるような気がします。ストーリ展開としては、意外性を狙ったかもしれませんし、表面的には勝たせた感じで、読者に考えさせているとも思います。ただ突き詰めれば、勝敗は、関係なくなることがお判りでしょうか。文殊菩薩は、本当に負けたのでしょうか? 罔明菩薩は、本当に勝ったのでしょうか?

別の観点から、見てみましょう。女人は、なぜ罔明菩薩の時に目を覚まし、文殊菩薩の時には、目を覚まさなかったのか。女人の視点から見てみると、罔明菩薩は、見えたけれど(認識できたけれど)文殊菩薩は、見えなかっただけではないのかと。すると、もう既に勝敗には、関係ない事がお判りでしょう。

こんな感じは、世間でも多く、何を重要と考えるか、そこがポイントになります。見えている世界だけでなく見えない世界も大切ですね。

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